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2007-09

門丸トオルの「ロケ地紀行・上田編」 3

 上田の人たちは、昔から映画ロケが好きだったようだ。世に祭り好きな人は数々あれど、映画ロケ好きという人種はそうはいないだろう。仮に、映画ロケが好きでも映画ロケが行なわれないような場所に住んでいるのでは、好きも嫌いもないかもしれないのだが。

 上田人が、映画ロケ好きになった発端は、映画「絹代物語」(松竹蒲田・1930年公開)のロケが上田で行なわれた時にあるようだ。当然のこととして、主演の田中絹代が上田にやってきた。田舎っぺは、当時の若き大スター・田中絹代を一目見ようと大挙押し寄せたという。

姿三四郎

 ここに、後に上田ロケの立役者になる若き馬場直次郎がいた。直次郎も最初は、田中絹代に会いたくてロケ現場を訪れたようだが、持ち前の好奇心と人の良さでスタッフと意気投合。五所平之助監督とも親しくなり、ついに「役者より、スタッフと話していたほうがおもしろいぞ」と周囲にもらすまでのロケ好きになり、五所監督との家族ぐるみの付き合いがはじまった。この日を境に上田ロケは急増する。五所監督が「不如帰」や「恋の花咲く 伊豆の踊り子」など当時の人気作品を続々上田でロケし、島津保次郎監督も上田でメガホンをとっている。そして、ついに日本映画史に残る小津安二郎監督トーキー第一作「一人息子」のロケが上田で実施された。さらに、黒澤明監督が上田で自らの処女作「姿三四郎」を撮った。上田はまさに、日本映画史から抹消することができないまちになってしまった。

 こうした伝統は今でも、上田人の中に脈々と流れている。まちで映画ロケをしていると「何を撮っているんだい。映画かい、テレビかい」と聞いてくる人が普通に歩いている。ロケを見た一般人は「何をしているんですか」と聞くのが当り前なのに、上田人は少し違っている。こんな人たちが、これまで何十年も上田の映画ロケを支えてきた。

 かなり酷い目にもあっている。「ロケなんか二度と協力するものか」とぼやいた人も多かったようだ。しかし、ロケは今でも続き、最近益々増えている。行政がいくら頑張っても、それだけではロケなんか来るわけがないだろう。ロケは民間が、本当に楽しみながら、スタッフたちと苦しさを分け合って達成させるものだ。表向きいい顔をして、ロケに貸した施設が傷つけられるのではないかと戦々恐々とし、「できれば文化財のロケはやめて欲しい」などと考えている輩には、ロケによる心の充足とわがまちを真底自身を持って紹介しようとする上田人の心意気はわからない。

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